Question

Q19:初心者ゴーリー指導で肝心なことは?

ゴーリーのコーチをしているのですが、初心者の指導方法として、肝心なことは?
(青森のゴーリーコーチ)

Answer

ゴーリーに限らず初心者の指導はとても難しく、そして重要です。にもかかわらず、きちんと初心者を指導できる指導者は殆どいません。グレツキーだってロワだって初心者でした。この世からホッケーの初心者が消えたらホッケーはなくなってしまいます。初心者を教えるということはとても大事なことで、初心者の指導者こそが優れた指導者であるべきだと私は思います。質問の意図からは少し外れるかもしれませんが、初心者指導に共通して必要なことと一緒に考えていきましょう。

1. そのスポーツ(ポジション)を好きにさせてあげること

これがなければ何も始まりません。とにかくスポーツを楽しませてあげることが一番です。英語風にいうならば「Have FUN!!」ですが、ところがこれがまた国境を越えて勘違いされていることが多いのです。楽しむといっても、とにかくゲームをさせて遊ばせておけばいいというものではありません。そりゃあ子供も親も楽しいかもしれませんが、単に遊ばせているだけで楽しめるのは小学生中学年まででしょう。そこから先は生存競争です。上手い子供は楽しみ、下手な子供は脱落するのです。

敢えて言わせてもらえば、これはカナダのマイナーホッケーで多く見られた「放任主義の悪い例」です。ここに大きく抜け落ちているのは「上手くなる楽しみ」です。勝った負けただけではなく、きちんと練習して一つ一つのプレーをマスターしていく過程はすばらしい「自己実現」の機会になります。これはホッケーの指導、特にゴーリーの指導にはとても重要なことです。

なぜなら誰でも最初は滑れないもので、ホッケーをしていて滑れないということはとても惨めで、痛い経験なのです。ゴーリーなんてそのうえシュートは受けるし、それはもう大変なストレスです。上手くならずして滑れないままにゲームをして楽しいわけがありません。小さい頃に始めて大人になってしまえば、そんなことも忘れてしまっていますが、きっと同じようにはじめた子供でも、痛い思い(重い、でもある)だけをして辞めていった人たちが数多くいるはずです。ですから初心者にスポーツを楽しんでもらうためには、

2. 基本をしっかりと教えること

が大切になるのです。少しずつ確実に基本を身に付けていけば、練習の中でもゲームの中で自分の上達が感じ取れるはずでしょう。それが自信になり、そのスポーツ(ポジション)を好きになり、さらに練習するという良い循環が生まれるはずです。ところがこの基本というのが最難関なのです。誰でも基本といいますが基本を知っているコーチ、うまく教えられるコーチはそういません。ゴーリーの基本については、詳しくは「GK Drills Pack DVD」などを見ていただくとして、ここでは基本の教え方、「基本を教える基本」について考えていきます。基本技術を身に付けさせるには、

最も大事な原則から取り組むこと。
最も効果が出やすいところから教えていくこと。

この二つのアプローチのバランスを取りながら指導していくことが重要です。「最も大事な原則」の指導、例えばゴーリーでいうなら「正対し続けるためのスケーティング」の指導には時間がかかります。完成するには半年、1年という気の長い取り組みが必要です。しかしこの指導だけでは選手はやがて飽きてしまいますし、効果がなかなか出ないと理論そのものに疑問を持ち始めます。

そこで「最も効果が出やすいところ」を合わせて指導することが重要になってくるのです。例えば、スケーティングは上手いのにリバウンドに対する反応が遅いゴーリーに指導するとしましょう。「上半身に当たったシュートはショートリバウンドになりやすく、レガースに当たったシュートはロングリバウンドになりやすい」ということを教えてあげるだけで、ほとんども場合ゴーリーは短期間で問題を解決することができます。

こうして短期間で効果を上げるとゴーリーやスタッフ、父兄からの信頼も深まり、より効果的な指導ができるようになります。ちなみにプレーヤーでいうならば最も大事な原則の指導は、やはりスケーティング技術になります。効果が出やすいのはスティックハンドリング、そして、大学生からはじめた初心者であれば、簡単なディフェンディングゾーンカバリジやフェイスオフなどのシステムも比較的短期間で成果を上げることができます。次に、

3. 我慢すること

です。誰がいったか知りませんが「Coaching is patience(コーチングとはすなわち我慢である)」なんです。「あー、どーしてこんなことができないかなあ!」「何回言ってもわっかんねーなー!」「俺がこんなにまでしているのになんでうまくなんねーんだよー!」という愚痴が出て来はじめたら要注意です。教えているのは「あなた」なんですから、あなたには上手くする義務があるんです。あなたがどれほど苦労したかなんて教えられている方には全然関係ないことなのです。初心者は急に上手くなって停滞する、そしてまた急に上手くなって停滞する、これを繰り返しながら上手くなっていきます。なかなか身に付かないのは当たり前。あまりにも上手くなるのが遅ければそれはコーチが適切な目標を与えていない、すなわち高すぎ多すぎる目標、低すぎ少なすぎる目標を課しているためであることが殆どです。少し頑張ればできそうな目標を与え続けていくことが初心者指導の極意です。

4. 常に励まし、上手くなっているところを見つけて褒めてあげること

よく初心者の指導で「褒めて褒めて褒めまくれ」とか言っている人がいますが、私はこれには大いに反対です。褒めるという行為は上手くなっているとき、成果が認められたときにタイミング良く行われるべきです。「今のは良かったよ!」というのを時もところも構わずに連発していたら、そのうち褒めることの効果は薄れます。栄養にならないお菓子ばかり食べさせているようなものです。アスリートの成長を助けるためには、褒める言葉や叱る言葉などをバランス良く与える必要があるのです。

それではいつ褒めていつ叱ればいいのか? 私は「褒めて伸びる人と叱って伸びる人がいる」というセオリーにも納得がいきません。褒めるか叱るかの基準は人ではなく場合なのです。特にチームスポーツの場合コーチがこの基準を明確にしていることは大変重要です。そうすることで「なぜいつもあいつばかり褒められて俺ばかり叱られるのか?」という矛盾を避けることができます。具体的に言えば「正しいことをして成功したときには褒める、正しいことを知っていながらやろうとせずに失敗すれば叱る」ということです。あとは常に励ますということです。「私はコーチとして君に期待しているよ。一生懸命やれば必ずできる。私は君が一生懸命やろうとしている限り君を全力で助けるよ」というメッセージを送り続けることです。最後に、

5. プレッシャーから守ってあげること

です。子供のスポーツではこれが一番重要かもしれません。私はカナダでも日本でも多くの親が子供に過剰な期待をかけてスポーツへの興味を子供から奪ってしまうところを目撃しています。あるゴーリークリニックである小学校低学年のゴーリーの母親とこのようなやりとりをしました。

母親:「子供がバタフライをした後にどうしても立ち上がれなくてリバウンドで失点してしまうんですよ」
私:「それは初心者にはとても難しいプレーです。まずはスケーティングの基本からうまくなっていくしかないですよ」
母親:「でもうちのチームの父兄は試合中にうちの子が失点するといろいろと言うんですよ。それにうちの主人が怒って‥」
私:「お子さんは今何才ですか?来年NHLでプレーするんですか?今NHLのビデオで見たようにプレーするのは絶対に無理ですよ。」

子供にとっては今すぐに上手くなることが大事ではないのです。だんだん上手くなればいいのです。初心者のゴーリーは下手です。絶対に下手です。こどもにネットのすべてを塞ぐように、剛速球のシュートを止めるようにプレーさせるのは絶対に無理です。もっと大きくなったときに上手くなるように、そしてホッケーを楽しめるように、子供を大人のわがままな期待から守ってあげることが大事なのです。これは子供を教えるコーチの大きな役目だと思います。

なんだか書いているうちに熱くなってしまい、だいぶ書きすぎました。しかし一人でも多くの初心者の指導者がこれを読んでくれることを願ってやみません。

それでは。