Column Logo

名馬必ずしも名騎手にあらず

いきなりですがサッカーの話です。

中田英寿はパルマで相変わらず出番に恵まれず大変そうです。しかしパルマは皮肉にも徐々に調子を取り戻して来ています。パルマ復調の鍵といわれているのがシーズン途中からテクニカルディレクターに就任した、伝説の名将アリゴ・サッキの存在です。テクニカルディレクター(以後TD)というのは実にあいまいな役職です。ジーコもフランスWCの時にブラジルチームのTDをやっていました。

通常欧米ではGMがコーチと選手の人事、コーチと監督が現場の指導なんですが、その間というか取りまとめのような役目らしいです。日本語風にいうなら総監督ってところですかね? もっとも日本では通常監督がGMも兼ねている組織が多いみたいですから単純に比較はできません。この辺はまたそのうちに取り上げましょう。

で、TD就任時に「私は現場指導はしない」と明言しているはずのサッキ氏なんですがグラウンドでの注目度は監督以上で、どーも彼のサッカー哲学がかなりチームに影響を及ぼしているそうです。いままで負けていたら監督のせいだったのに、勝ちだしたらTDのおかげだなんて監督も形無しでかわいそうですね。

それはそうとして、このサッキ氏は、80年代後半から90年代にかけてACミランを世界最強のチームに育て上げたことで知られています。彼のフットボールは徹底した組織プレーで知られており、90年代を風靡した「プレッシング」なんていう概念の生みの親で、意外なところでホッケーのトラップあたりの概念とつながりを持つ人かもしれません。

そんな彼ですが、選手としては実はアマチュアサッカーの経歴しかないそうなのです。「名選手必ずしも名監督にあらず」とは洋の東西を問わずいわれている言葉ですが、なんやかんやいってもやはり現役時代の経験や知名度、求心力は指導の現場で大いに役に立ちます。

日本でも欧米でもサッカーでもホッケーでも、名選手が指導者になっていくのはある意味普通のことです。実際にサッカーの世界ではベッケンバウアーやクライフが指導者としても大成功しています。バスケの世界では最近ラリー・バードが指導者としてそれなりに成功しています。ホッケーの世界では、昔はトー・ブレイクなんかがいましたが、最近ではあまり見かけません。ラリー・ロビンソンがそこそこ頑張ってますがまだまだ名監督には及びません。ジャック・ルメアは指導者としては成功していますが大選手という部類には入らないでしょう。まあそこまで名選手とまでいかなくても、ある程度のプロとしての経験がある人が指導者として大成している例は数多くあります。いや、それが一番ありそうです。バスケではフィル・ジャクソンにパット・ライリー、ホッケーではスコッティ・ボウマン、マイク・キーナン、ロジャー・ニールソン、パット・クイン、パット・バーンズなどなどなど、多数います。

しかし、本当にアマチュアサッカーの経験しかないサッキ氏が世界的な名監督になったというのは、実際すごいことです。水泳界にも「カナヅチの名監督」がいたとか、伊達公子の高校時代の恩師は競技テニスしたことがないとかいろいろありますが、世界のスポーツ界の頂点であるサッカー界で、アマチュア選手から名将に上り詰めるというのは脅威としかいいようがありません。

なにがそんなにすごいかというと、なによりも人脈や尊敬をつかんでいく過程が尋常ではないはずです。おそらくアマチュアレベルから始めた指導者でもかなりの指導力を独学で身につけることは可能ですし、指導者教育が充実している組織でしっかりと勉強すればなおさら指導力は上がるはずです。

しかし、現役選手や現役のフロント人を説得して動かしていけるだけの尊敬や、なによりプロの指導の場に立つだけの人脈を得ようとすると、これはプロの世界を経験している指導者に比べて大きなハンデがあります。早い話が、まず気にも留めてもらえないのです。プライドの高いプロの世界の人々を相手にして自分の力を見せていくのは本当に大変なはずです。おそらくこのタイプの指導者は、大きなチャンスをつかむまで相当屈辱に耐えながら頑張ったはずです。

サッキ氏の場合は、パルマのセリエB監督時代にACミランをベルルスコーニ・ミラン会長の御前試合で下し、会長を感動させてミランに迎えられたという、少しの幸運もあったようですが、とりあえずミランを下すだけの実力と、そして、なんといってもサッキ氏の履歴の「選手経験」欄を無視してくれたベルルスコーニ会長の英断があったといえます。さすが、「勝つ組織」の長が下す決断とは素晴らしいものです。

「良き競馬の騎手になるために、かつて名馬であったという実績は必要ない」というサッキ氏の言葉は、「名選手必ずしも名監督にあらず」よりも数倍分かりやすく、彼の反骨精神もあふれている気がします。しかし選手も馬にたとえられては...頑張っても人間になれないじゃあないですか...